宗教法人竹林寺

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本堂(文殊堂)

本堂(文殊堂)

文殊菩薩を本尊に祀ることから文殊堂とも呼ばれる本堂は、寛永22年(1644年)、土佐二代藩主山内忠義(やまうちただよし)公により造営されました。今日、当山に現存する最古の建造物で、国重要文化財に指定されています。室町時代様式、一層入母屋(いりもや)、五間四方、柿葺(こけらぶき)のこの本堂は荘重な佇まいの中にも唐様の軽快な曲線を見せる軒反りや、放射状に広がった扇垂木(おおぎたるき)など、密教(みっきょう)寺院建築の中でも特異な様式を随所に見ることができます。

本尊 文殊菩薩

本尊 文殊菩薩

「智恵の仏さま」「三人寄れば文殊の智恵」と親しまれる文殊菩薩さま。当山の本尊は古くより、京都・切戸(きれと)の文殊、奈良・安倍(あべ)の文殊とともに、「日本三文殊」のひとつに数えられています。
そのお姿は四体の待者像とともに僧・行基の作と伝えられ、わが国に現存する文殊五尊像の中で最古の作例といわれています。
※本尊・文殊菩薩像は寺則により秘仏とされ、拝観はできません。

大師堂

大師堂

弘法大師(真言宗の宗祖・空海 774年~835年)を祀る大師堂。本堂とは対照的に簡素な趣の大師堂は、寛永21年(1644年)、土佐二代藩主山内忠義公により造建されました。
正面の長押(なげし)にはその昔、お遍路さんが巡礼の証として打ち付けていった木礼が数多く残り、お大師さまの遺徳を慕う人々に捧げる香煙は今も絶えることがありません。

五重塔

五重塔

当山には古くは三重塔がありましたが、明治32年(1899年)の台風により倒壊。爾来、塔再建を悲願としてきましたが、昭和55年(1980年)、高さ31メートル、総檜造り、鎌倉時代初期の様式をもつ五重塔として復興しました。塔内にはインド・ブッダガヤより勧請された仏舎利(ぶつしゃり)を納め、また、初層内陣には大日如来(だいにちにょらい)をお祀りします。

めぐりのもり

めぐりのもり

平成22年(2010年)、竹林寺西境内が「めぐりのもり」として生まれかわりました。深い緑におおわれた場所であった西境内の自然を活かしつつ、憩い、佇み、集える場として再生しました。
「めぐりのもり」内にはステンドグラスのドームに祀られたお釈迦さまの石像(インドにて造顕)や、木橋や石橋、小端立(こばだて)の小径、異なる表情を見せる三つの池など見どころも随所に。ごゆっくりご散策ください。

書院

書院

江戸時代後期・文化13年(1816年)、藩主参詣の際の接待殿として造営された書院は入母屋で室町時代の様式をもつ書院造の主屋、切妻(きりづま)造りの玄関、そして唐破風(からはふ)造りの車寄せからなり、それぞれ異なる造りがひとつに調和しています。

書院造として古風な造りをもち、地方的な特色をよく残すとともに周囲に広がる庭園と一体となって江戸時代後期の書院造の粋を伝え、四国地方では数少ない近世住宅建築として平成27年(2015年)、国重要文化財の指定を受けています。

名勝庭園

名勝庭園

鎌倉後期、文保2年(1318年)に土佐に来錫(らいしゃく)し、五台山西麓に吸江庵(ぎゅうこうあん)を結んだ禅の高僧・夢窓国師(むそうこくし)により作庭されたと伝えられます。客殿を囲むように山畔を利用して造られたこの庭は、明るくいかにも南国らしい趣をかもす北庭、そして中国の廬山(ろざん)と鄱陽湖(はようこ)を模した閑寂な風情を見せる西庭からなる鑑賞式の庭園です。高知県三名園のひとつに数えられ、平成16年(2004年)、国名勝の指定をうけました。